前回は120人という規模でしたが、今回は半分ほどの60人。しかし、救う会・宮城のメンバーがいたり、家族会からは増元事務局長と本間さん(田口八重子さんのお兄さん)も参加され、シュピレヒ・コールをあげました。この家族会の一連の活動の中では、すべて北朝鮮名は日本読みされます。金正日はキムショウニチ。万景峰号はバンケイホウゴウとなります。マンギョンボンゴウで慣れてしまっていたので、正直少しとまどい、そして驚きました。
この船が接岸するところには、新潟県警の警察官が多数いて、すでに厳戒な警備体制がとられています。この抗議活動も、船が入港する前後のみ、すなわち8:30入港が目安なので、8:00~9:00まで許されるのみだそうです。ですからこの時間を越えて、万景峰号に一般の我々が近づくことはできないということになっています。確かに現状を考えると、警備をしっかりしなければ、事件が起きるかもしれません。
この日も大体8:20ごろには、白い船影が見えて、どんどん岸に近づいてきました。正面から見ると、船にマンションを乗せたような感じのつくりになっています。想像していたものよりはるかに大きく、立派です。まずとにかくその大きさにびっくりしました。
警察の方の話では、この船の積み荷は、北朝鮮で組み立てられた製品だそうです。そして日本からは、その組み立てるための部品を持って帰るんだということでした。しかし、家族会、救う会では、例えば核爆弾をつくる材料、部品も持ち帰っているという主張です。もしそれが本当なら、自分の国の部品で自分の国を危うくする、こんなバカな話はありません。また麻薬なども運んでくるんだというお話を聞きました。
接岸されると、県議団(これは新潟県議会の拉致議連のメンバーです)、救う会、家族会の方が代わる代わるマイクを持ち、訴えました。「拉致した日本人を返せ」「金正日を許さない」「万景峰号は帰れ」などの掛け声がかかると、「オー!」と一緒になって手を挙げます。
私はしかし、ここで考えていました。この船の入港に対して反対するために、中央埠頭に来て意思を示すのは大事だけれど、全く何の力も持たない船乗りたちに何言っても無駄なのではないか、いくらこの人たちに返せと言っても、全く権限がないのだからと。虚しい気がしたのも確かです。しかし良く考えてみれば、これらの思いはすべて政府間で解決に向けて事態が進んでいないということが根本の原因です。国政を担う希望を持つ人間として複雑な思いを感じました。
港には、万景峰号乗船者用通路があります。国交もない北朝鮮に誰が行くのでしょうか?率直な疑問が湧きました。これも話を聞けばなるほどでした。在日朝鮮人の方々がこの船で北朝鮮と行き来しているそうなのです。特に、団体さんとしては、日本にある朝鮮学校の生徒が、修学旅行etcで北朝鮮に行くのだそうです。
今回の船にも乗っていました。抗議をしている私らを見に船室からジャージを着た子どもたちが外に出てくるのです。県議の一人が、「君たち、若き在日の朝鮮人はどう考えるか?」と訴えかけていましたが、その通りです。現実の社会を踏まえ、話し合いができる環境をつくっていくことが大切です。ですから若い世代から変わっていくことが必要となります。どんなに北朝鮮の良いところだけを見せたとしても、日本との格差は必ず感じるはずです。感受性豊かな子どもたちが何を感じてきたのか聞きたいと思いました(が、9:00になり撤退させられ、当然聞けませんでした)。
今回いろいろな段取りをとっていただいたのは、救う会新潟の水野孝吉事務局長です。水野事務局長は、自称新潟の暴れん坊。地元では大変評判の悪い問題児だそうです。それも納得、この次の日から島根県隠岐島に竹島の問題で1週間ほど新潟から船を出して行ってくるそうで、大いにアピールをしてくると意気盛んでした。同行した U 氏はその行動力に感銘を受けていました。入港が8:30ごろなので約30分の抗議行動が終ると皆さっさと帰ります。警備課長に聞けば、私たち以外は「常連さんばかり」「お勤め」といった感もするちょっと淋しい終わり方でした。せめて参加者が現場で一堂に会し「お疲れさま」の一言ぐらいかけあってもよかったような・・・。
今回直接新潟港で万景峰号を見て、これがもし工作船であったら大変ゆゆしき問題だということを実感しました。そして、韓国との首脳会談を記念したイベントのためにこれだけ立て続けに日本に入ってこなければならない北朝鮮。救う会のホームページに経済制裁を求める理由が載っていますが、考える余地は充分にあると思いました。
