月刊誌「地域から日本を変える」(1992年4月号)より
地球市民の会 古賀武夫(42)
「NGO(非政府組織)の星」と人は言う。感動を呼びこむ男とも称される。毎日3合以上の酒を飲む元気者。坊主頭できつい言葉づかいだが「思想ある行動家」--和道流空手4段。がっしりした体に、国連英検特A級の語学力を持つ。この人古賀武夫(42)さんは佐賀にいる。
■里親は日本に450人
「50円や100円の注射ができないために死んでいく子どもたちを見ながら、何もしないのが、イヤなんだ」
古賀さんの目は優しい。
貧しいタイ東北地方のクーキャオウィタヤ中学校。半年続く乾期には雨は一滴も降らず大地はひび割れている。ガス、水道、ミニバスの路線もない。教室は机と椅子のほかはよく書けない黒板が1つあるだけ。
この学校にも金銭的な理由で通えない子どもがいた。退学者も多かった。が、一昨年以来生徒数が増えた。退学者も極端に減った。いままでにない多数の生徒たちが来るようになった。彼らは自分や自分の地域の自立に必要な知識を勉強しはじめたのだ。自ら考える能力を身につけようと。貧困と従属から脱却する唯一の可能性を生徒たちは発見した。
古賀さんら「地球市民の会」が日本にタイの子供たちの「里親」(佐賀を中心に全国で約450人)を作ったからだ。日本の里親は3年間、学資を支援する(中学生には1人1カ月1,000円、高校生には1人1カ月1,500円)。これらの資金は学資、教材費、制服、給食代、農村開発などに使われる。
「タイの農村に行くと、モノは何にもないけれど子供たちがお互いを思いやって生きている姿に出会う。胸の前で両手を合わせるタイのあいさつを知っているだろ。こんな俺にもあいさつしてくれた時、彼らの透き通った目を見た時、自分の無力感にいたたまれなくなった」と古賀さん。
■「かちがらす計画」などの活動
「地球市民の会(Terra People Association 略称TPA=会員約900人)」は「人・社会・自然の相互依存を十分認識し、すべてのいのちを慈しみ、強く、優しく、豊かに、美しく育てる」地球市民運動を進めている。
国際交流、国際協力、地域づくりネットワーキング、地球共感教育の4つを大きな柱に、韓国の青年が2週間日本でホームステイする「かちがらす計画」、地球市民奨学金、孤児院の寮建設・山岳民族農村開発計画(日タイ協力事業)、いろいろなシンポジウムも開いている。
会は古賀さんが8人の仲間とともに昭和58年に佐賀に設立した。
「TPAは、できることを無理せず継続して続けたい。できることとは、大砲で言えば、砲身づくりだな。弾が飛び出すところまでを応援すること。飛び出してからは知らない。そうしないと、自立の妨げになる。タイとの協力事業もあくまで彼らの自立の準備をするお手伝い」と、事務局長でもある古賀さん。
姿格好から個性的な古賀さんは昭和25年佐賀で生まれた。7人兄弟の6番目の4男。兄弟が多く複雑な家庭事情もあり刺激的な少年時代を過ごした。「フランスでお釈迦様の教えを勉強したけれど、仏教では、すべてがつながっているといっているんだ。無関係なものはない。生物の食物連鎖を知っているだろう。一番強い人間でも、実はバクテリアに支えられている。人間も芋虫も葉っぱも大地も、みんなぶっ続きなんだ」
■活力と自信ある地域を創造
「日本は日本だけでは生きられない。タイで現実を見て自覚した。生存がかかっている状態の人たちに我々が手を差し伸べることは、その人たちを救うことだけでない。自分たちのためだ。その体験が今の活動の基本にある」
「TPAの活動は、活力と自信に満ちた地域の創造、つまりは地域づくりとも無関係ではない。昔ながらの古いコミュニティーの中だけで住む時代ではなくなった。ボーダーがなくなる激動の時代に私たちの意識も変革しなければ取り残されて生き生きと生活できなくなる。国際交流による異文化との接触、カルチャーショックは人々に感動を与え、それはやがて変革へのエネルギーとなる」とも。
「日本は経済オンリーの社会になってしまっている。物、金、心のバランスが崩れて、本質を見失っている。そのアンチテーゼが、タイの農村など貧しい国にある。世界を救うカギはそこにある」
古賀さんは、社会システムの変革までも視野に入れているのである。
今年8月には「日韓青年経済人会議」をソウルで開く。日本と韓国が力を合わせアジアと世界に何が貢献できるかを論議する。「相手をどれだけ思いやれることができるか、これがこれからの社会の進歩の指標だと思う」と。
「本当の政治をしているのは私たちかも知れない」--古賀さんの言葉が胸を刺す。私たちは「地球市民の会」とともに活動していきたい。
月刊誌「地域から日本を変える」(1992年4月号)より
