「若い安倍幹事長が誕生し、永田町も大きく変わろうとしています」
十日午前七時、横浜市泉区の相鉄線いずみ野駅前で、黒いスーツに身を固めた新人の坂井学(38)(五区、自民)が声を張り上げた。足を止めるサラリーマンはほとんどいない。
約一時間の演説を終えると、駅構内の立ち食いそば屋で朝食。「落下傘候補だから、まずは自分という候補者を知ってもらうこと。演説もまだ練習中ですよ」。そばをかき込みながら笑顔を見せた。
鳩山邦夫の秘書を約六年間務めた。地盤も看板もない五区からの出馬が決まり、戸塚区に転居したのは今年八月。共働きの妻(38)も、幼い二人の子を親類に預けて活動を支える。
駅頭立ちに続き、地元県議の秘書らの案内で、約六十人の有力支持者宅を次々に回る。訪問先の商店から出てきたところで、二十人ほどがバス停にいるのを見つけた県議秘書が「あいさつして」と促す。慌てて駆け寄り、一人一人に名刺を差し出し、丁寧に頭を下げた。
衆院解散の一報は移動中の車内で聞いた。「感慨はない。地元でやれることを着実にやるだけ」。午後四時半、自民党本部で首相の小泉純一郎から公認証を受け取り、がっちり握手。「永田町に来ると、やっぱり雰囲気が違う。いよいよという感じ」と顔を紅潮させた。
午後八時四十五分、JR東戸塚駅に一人で立つ。家路につく人たちに「お疲れさまです」と頭を下げ続けた。「顔を見せ続けることに意味があるんです」
移動用の中型セダンの後部座席とトランクには、いつでも街頭活動ができるように、のぼりやメガホン、チラシが積んである。地元県議の後援会など二つの会合を回って帰宅。時計を見ると、日付が変わろうとしていた。「すべて時間との戦いだから」。十一日も、駅頭や大型ショッピングセンター前で声をからした。
